歴史と文化のトリビア

明治~大正の銀座イルミネーションとガス燈の物語。光輝く街をトリビア散歩!

Trivia!

日本でイルミネーションが広まるきっかけは明治屋の「クリスマス飾り」だった

明治7年、銀座に85基ものガス燈が設置されていた

クリスマスに向けて色とりどりの電飾があふれる12月。一年で最も街が輝くこの時にこそ銀座散歩に出かけてみたいものです。銀座の街を照らすイルミネーションと燈火(とうか)の歴史を探ってみました。

日本のイルミネーションクリスマスの銀座から始まった

クリスマスがどのようにして日本に定着したか、これには諸説ありますが、日本で最初に行われたクリスマスは1552年、山口県においてとされます。

イエズス会の宣教師、フランシスコ・ザビエルが信徒を集めて12月24日にミサを行ったのです。

では、クリスマスの代名詞ともいえるイルミネーションはどのようにして広まったのでしょうか。

それは明治33年(1900)のこと。明治屋ストアーでも知られる明治屋が銀座で「クリスマス飾り」を始めました。これが人々の話題となり、やがて他の店へと波及していくのです。

明治屋といえば、大正8年(1919)にコカ・コーラを日本で最初に輸入販売したことでも知られます。時代の先を読むことに長けた企業なのかもしれません。

明治屋京橋ビルの建築美と京橋エドグランのクリスマスツリー

イルミネーションの先駆けともいえる明治屋銀座ストアーは2007年に閉店しました。しかし、「銀座の明治屋」の歴史は少し離れた明治屋京橋ストアーが引き継いでいます。

2016年には複合商業施設「京橋エドグラン」の一角として生まれ変わりましたが、昭和8年(1933)に建築された明治屋京橋ビルは健在です。このビルは地下鉄と駅が一体化していて、その点では現存最古になります。

夜に訪れると、イタリア・ルネサンス様式のビルが柔らかなライトアップに照らされています。昭和初期の建築デザインがいかにハイセンスだったか。

クリスマスツリーも見逃せません。明治屋京橋ビルに隣接する「京橋中央ひろば」のツリーは京橋・銀座エリア最大だそう。クリスマスシーズンの銀ブラは京橋からスタートするとよいかもしれません。

明治時代、銀座は煉瓦の街に生まれ変わった

明治屋京橋本社ビルから銀座へはすぐ。銀座町内の通りごとに様々な飾りつけのイルミネーションを楽しむことができて、これはもう光の絵巻物といってよいでしょう。

ここで銀座の歴史を少し。

「銀座」とは江戸時代の銀座役所(銀貨鋳造所)が今の銀座二丁目にあったことに由来します。銀座通りは日本橋から始まる東海道上に位置しますから、元禄(1688~1704年)のころは大変賑わいます。

しかし、幕末には賑わいを失った寂れた町となりました。

それが明治5年(1872)の銀座大火をきっかけに、西洋の技術を取り入れた煉瓦街へと生まれ変わります。こうして銀座に再び商業圏が形成されていくのです。

都会思慕の対象は、銀座の燈火であった

大正10年(1921)年ごろ、銀座の夜の風景を紹介しましょう。松崎天民が記し、昭和2年に出版された『銀座』から引用します。

都会思慕の対象は、実に銀座の夜であった。銀座の燈火であった。そして東京に帰り着いて、一歩を銀座へ踏み入れた刹那、私はいつでも、旅もよいけれど、東京もよいな、銀座があるから……と、心から思わずにいられなかった。

松崎天民著『銀座』より引用

銀座の夜を照らす燈火が大正時代、すでに街の風景に溶け込んでいたことが分かります。ここでいう「燈火」とはガス燈のことでしょう。

銀座とガス燈の歴史は古く、明治7年(1874)、銀座通りに85基のガス燈が設置されました。150年ほど前、銀座の夜はすでに光に包まれていたのです。

当時は点消方(てんしょうかた)と呼ばれる作業員が決められた時間にガス燈に火を灯し、時間になると消して回ったそうです。

ガス燈の光は関東大震災とともに消えた

大正時代ともなると、その光に照らされて、カフェ、洋食屋、百貨店や商店のショーウィンドウが並び、モダンボーイ、モダンガールが闊歩したことでしょう。

ガスの炎は「花ガス」としても利用されました。炎に銅やナトリウム、リチウムなどを混ぜ、その炎色反応で黄、紫、赤、緑といった色を演出して花や文字などを形づくるのです。花ガスは看板広告や博覧会などで利用されました。

明治42年(1909)の銀座通り。帝都における煉瓦築造の嚆矢と『最新東京名所写真帖』に紹介されている。(国立国会図書館デジタルコレクション)

しかし、大正12年(1923)9月1日に発生した関東大震災により銀座は大きな被害を受け、ガス燈は銀座から姿を消します。そして、震災からの復興では電燈が街を照らしていくのです。

その後、暗い時代もありますが、銀座の夜は光とともに歴史を歩みます。

永井荷風(1879~1959年)が次の一文を残しています。

「銀座と銀座界隈とはこれから先も一日一日と変わっていくであろう。ちょうど活動写真を見つめる子供のように、自分は休みなく変わっていく時勢の絵巻物をば眼の痛くなるまで見つめていたい」

荷風が現在の銀座イルミネーションを見たならば、どんな言葉を残すでしょうか。

明治20年ごろの銀座通りの夜景。ガス燈が見える。
『東京真画名所図解 銀座通夜景』井上安治(国立国会図書館デジタルコレクション)

現在、銀座三丁目の「ガス灯通り」に復元された4基のガス燈があります。他の街灯とは形が異なるのでよく観察するとすぐにわかるでしょう。

電燈に比べると弱い光ですが、ゆらめくガスの炎に銀座の今昔が浮かび上がるようです。

銀座のカフェ史はコチラを

主な参考資料 

『銀座』松崎天民著 銀ぶらガイド社 昭和2年刊行

GAS MUSEUM がす資料館 

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